社員全員がホワイトカラーエグゼンプションの会社で働いてたことがあります


以前、実質的に社員全員がホワイトカラーエグゼンプションを適用されている会社で働いていたことがあります。
仮にホワエグ社としましょう。


私は、普通に残業代をもらっていた大企業のサラリーマンだった時代もあるので、
その大企業と比較してみます。
この大企業を、仮にサラリ社としましょう。


ホワエグ社では、企画、グラフィック、プログラマ、SE、営業、人事、経理、総務などの職種に関係なく、
300万円〜2000万円という年収の違いに関係なく、
アルバイトさんを除いて、全員が半年ごとに決められる年俸で報酬が支払われていました。
休日出勤も含め、残業代は皆無です。


ホワエグ社は、ごくありふれたIT系の企業で、自社サービスもやってましたけど、受託の占める割合も大きかったです。
儲かっているときもあれば、赤字続きのときもありました。
社員数は、百数十名というところ。


サラリ社は、日本屈指の大手ソフト開発会社。


まず、仕事のできる人の方が労働時間が長い、という点では、
ホワエグ社とサラリ社で違いはありませんでした。
どちらも、できる人に、仕事が集中していました。
つまり、ホワイトカラーエグゼンプションがあろうとなかろうと、それは関係なく起こる。


平均的な労働時間も、ホワエグ社とサラリ社で、大差ありませんでした。


同一年齢での平均年収を比較すると、ホワエグ社の方がはるかに高かったですけど、
無能な人が排除されることで、見かけ上、平均年収が高くなっていただけなので、
同一能力での年収を比較すると、サラリ社とそれほど大きな違いはないと思います。


大きな違いは、責任分解、人事評価、年収格差、社内失業率、ストレス、鬱病発生率でした。
これらは、どれも、ホワイトカラーエグゼンプションと関係するのかもしれません。


ホワエグ社では、サラリ社とは、まったく次元の異なるレベルで、
凶暴に能率アップが追求されていました。
頭のヌルいことは、それ自体が罪でした。
鋭い判断を素早くできない人は、置き換え可能人材と見なされ、露骨に安い人間として扱われていました。


ホワエグ社では、仕事の成果に応じて報酬を支払う一方で、
仕事の失敗も、徹底追求されました。
失敗をやらかせば、どんどん降格されました。


仕事に失敗した人間をかばう人は、あまりいませんでした。
失敗した人は、非難されました。
そのまま鬱病になってしまったり、退職してしまったりする人も多くいました。
こうして、仕事のできない人が、どんどん排除されていきました。


サラリ社には、社内失業者がたくさんいました。
生産性は低いのだけど、そんなにプロジェクトに貢献していないのだけど、
一生懸命働いているのだからということで、
ちゃんと給料をもらっている人たちです。
会社に養われている人たちです。


サラリ社は、そういう人たちを養うだけの余裕がありました。
大企業なので、ブランド力があり、仕事を高い単価で受注できるからです。


充実した社員教育制度を持つサラリ社に比べ、
ホワエグ社には、社員教育制度はほぼ皆無でした。
しかし、スキルアップ速度は、サラリ社より、ホワエグ社の方がはるかに上でした。
短期間の間に、みるみるうちに化ける人材が生まれていきました。
別人のように有能になる人材です。


ホワエグ社では、過度な能率アップ要求、過度に鋭い判断を求められます。
これは、もともとポテンシャルの高い人を、急速に成長させる一方で、
ポテンシャルの低い人を破壊してしまいます。


ホワエグ社は、そうして発生した産業廃棄人材を、自社で引き取りません。
転職市場に放出します。
あまりエコな企業ではありません。
どちらかというとエゴな企業です。


一方で、サラリ社は、鋭い判断を徹底追求しないので、
ポテンシャルの高い人材は、ぬるま湯の中で、開花適齢期を逃してしまいます。
本当は、すごく頭の切れる有能な人材として花開いたかも知れないのに、
生暖かい空気の中で、普通に仕事のできる人で、終わってしまうのです。


つまり、ホワエグ社がキツイのは、その労働時間の長さではありません。
賃金の安さでもありません。
徹底して高速に鋭い判断を求められ続ける職場の空気が、キツイのです。


ただ、徹底して鋭い判断を求められ続けると、次第に慣れてしまい、
たいしてストレスも感じなくなる人もいます。そうでないひともいます。


ある種の花は、栄養をやりすぎると、葉っぱばかりが成長し、
花を咲かせません。
過酷な環境になると、大輪の花を咲かせ、子孫を残そうとするのです。
その花が咲くことが、幸せなことなのかどうか、それは価値観の問題でしょう。


このように、ホワイトカラーエグゼンプションは、本来なら、
それによって、破壊されて死んでいく人と、開花する人の両方がいるはずなのですが、
実際には、日本にホワイトカラーエグゼンプションを導入しても、そうはならないと思います。


なぜなら、日本のほとんどの大企業に、適切な成果評価をする能力がないからです。
ホワイトカラーエグゼンプションとは、労働時間によって労働の価値を評価しない
制度ですから、成果によって評価するしかありません。
なのに、成果の評価がろくにできないのだから、結局それは、単なる残業代カットぐらいにしか
使われないでしょう。


ただ、それも、時間の問題です。
長時間かければいいアイデアがでるわけでも、鋭い洞察ができるわけでも、
的確な判断ができるわけでもありません。
どう理屈をつけても、ホワイトカラーの労働の価値が時間に比例するという考え方は、
本質的に合理性に欠けます。
このため、グローバル化の圧力のなかで、ホワイトカラーエグゼンプションは、
世界中の国に普及していくでしょう。
日本だけが、いつまでもその例外でいられるわけはありません。
また、日本企業も、歩みは遅いけれども、少しずつ成果評価能力を蓄えていくのでしょう。


そして、労働者にとって、もっとも残酷なのは、まさに、このタイムラグです。


つまり、大企業のぬるま湯の中で、開花適齢期を過ぎてしまった後に、
「正しいホワイトカラーエグゼンプション」がやってくるのです。


17歳でリングに立てば、ボクシングのチャンピオンになれたかも知れない人間が、
なんのスポーツもやらないままだらだらと年をとり、体の衰えてきた40歳になってから、
いきなりリングにあげられるのです。


かつて、自分の拳に力がみなぎっていたときには、舞台を与えられず、
すっかり体力も気力も失せてから、「公平な」戦いの場に引きずり出され、
一方的にたたきのめされるのです。


ここで、取るべき戦略は二つ考えられます。


一つめの戦略は、開花適齢期を過ぎてしまう前に、
自分を開花させてくれる環境へいますぐ移ること。
いったん開花してしまえば、どのような時代でも生きていけます。


もう一つの戦略は、転職しても開花する自信のない人が取るべきもの。
それは、徹底的にホワイトカラーエグゼンプションへの反対運動を盛り上げ、
少しでも、既得権益を享受できる時間を延長すること。
そして、その間にできる限りたくさん残業代を稼ぎ、
生活コストを下げ、できるだけたくさんの貯金をすること。
つまり、逃げ切り作戦です。


そう考えると、今回の安倍さんは、とてもいい仕事をしてくれました。
あのまま、「ホワイトカラーの労働は時間で計れるようなものじゃない」という正論を唱えられたら、
ホワイトカラーエグゼンプションに反対する人たちは、もう少し苦しい戦いを強いられたかもしれません。


ところが、「ホワイトカラーエグゼンプションで労働時間が短縮され、少子化問題も解決する」
という、涙が出るくらいGood Jobな発言をしてくれたために、
この法案を先送りする口実ができました。


まさに彼は、労働者の救世主の役割をしたのです。
彼に心から感謝しつつ、彼を罵倒しまくりましょう。

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