人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている - 第一章



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この記事は、 『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」できまっている』という本 の最初の5章をWeb化したものです。この本は図とイラストがキモの本ですが、iPad及びiPhoneのKindleではバグのため画像がちゃんと表示されません。iPhone/iPadユーザの方は、WindowsかMacのKindle for PCで閲覧するか、紙版を買うか、iBookで購入することをお勧めします。挿絵イラストは(c) ヤギワタルさん 、キャラアイコンは しらたさん の作です。書籍版と若干異なる部分があります(書籍版はモノクロ)。書籍版の 正誤表はこちら

はじめに



1974年、カナダで選挙があった。

その選挙を調査したところ、イケメンの政治家は、そうでない政治家の2.5倍もの票を獲得していた。(註1)

イケメンたちの圧勝だったのだ。

そりゃそうだろ。
どんな世界だって、美人とイケメンに人気があるのは、当たり前だよ。

いや、ここで重要なのは、「イケメンに投票した理由」なんだ。

調査の対象となった投票者の73%は、「私が彼に投票したのは、彼がイケメンだからではない」と思っていたのだ。

「イケメンだから、投票しちゃった部分もあるかな」と思っていたのは、14%にすぎない。

人々は、「イケメンだから投票した」という自覚なしにイケメンに投票しただけでなく、「人柄が信頼できるから」とか「経済政策に期待できるから」とか「実績があるから」とか、容姿とは別の理由で、投票したのだと思いこんでいたのだ。(註2)

たまたまそういう結果になっただけだろ。

いや、同様の研究は、山ほどあるよ。

たとえば、「採用面接で、身だしなみが、どのような影響を与えるか」という研究がある。

その結果、「仕事に必要な資格よりも、身だしなみのよさのほうが、採用決定に大きな影響を与えていた」ということがわかった。

そして、ここでも、面接官自身は、「外見は、ほとんど採用決定には影響しなかった」と考えていたのだ。

つまり、面接官は、「外見で採用したわけじゃない」と、自分では思っていたが、実際は、外見で採用していたということだ。

どうしてそうなるの?

これは、図にすることはできないものだが、あえて、むりやり図にしてみる。

たとえば、次のように、容姿の優れた政治家がいたとする。





この場合、直感は、この政治家に、次のようなイメージを抱く。





つまり、「容姿が優れている」という特徴が、漠然と「その人間が全体的に優れている」というイメージに変換されてしまう。

「全体的に優れている」という印象を持ってしまうと、その政治家の、政治手腕も、人柄も、政策も、なにもかも優れているように見えてしまうわけだ。

そして、本人は、次のように自覚している。





ここで重要なのは、「イケメン政治家の容姿に影響されて、イケメン政治家に投票してしまったのに、『イケメンだから投票したわけではない』と言う人」はウソつきでもバカでもないということだ。

彼らの「意識」は、たしかに、容姿ではなく、政治手腕・人柄・政策を見て、投票したのだ。
しかし、まるで夢遊病者のように、彼らの「無意識」が、彼らの意識が知らないところで、政治手腕・人柄・政策の評価値を書きかえてしまっていたのだ。(註3)

彼らの「意識」は、いわば善意の第三者であって、ウソをついているわけではないのだ。

また、彼らはバカだから、そんな愚かなことをしたわけじゃない。
知能が高く、有能な人であっても、自分の無意識が、自分の知らないところで、勝手に脳内の評価値を書きかえるのを、防ぐことはできないからだ。

これは、脳のセキュリティホールなのだ。
どんなに超高機能かつ超高性能のシステムであっても、セキュリティホールから侵入されたら、やられてしまう。
「自分だけは大丈夫」と思っている人ほど、危ない。

「人は見た目が9割」ってこと?

そうじゃない。
この現象は、容姿に限った話ではないんだ。

たとえば、2001年、9・11テロが勃発したとき、ブッシュ大統領への支持率が急上昇した。(註4)

写真提供:ロイター=共同


注目すべきは、このとき、ブッシュ大統領の経済政策への支持率まで、47%から60%に上昇したということだ。

つまり、こういうことだ。

まず、テロが起きる前は、こうだった。



テロが勃発したら、大統領のテロ対策の支持率が上がった。



すると、経済政策への支持率まで上がったんだ。



有権者の脳内で、こういうことが起きたってこと?


そういうこと。

これは、「思考の錯覚」なんだ。

「目の錯覚」の場合、自分が錯覚をしていると、わりとすぐに気がつくことができる。



しかし、「思考の錯覚」の場合、錯覚をしていること自体に、本人は、ほぼ気づけないのだ。

この世界は、思考の錯覚に満ち溢れている。

なぜなら、「プラスのイメージを引き起こすもの」であれば、
なんでも「全体的に優秀」という思考の錯覚を引き起こしてしまうからだ。

たとえば、
「売り上げを半期で73%増やしました」
「DAU500万人のアプリのサーバを運用していました」
「株式会社凸凹商事の営業部長をやっていました」
「月間300万PVのブロガーです」
「あの有名人のベストセラー本を担当した編集者です」
なんていうわかりやすい実績は、どれも「思考の錯覚」を作り出す。

たとえそれが実力によるものではなく、上司や同僚や部下や顧客のおかげで達成できた実績だったとしても、強烈な思考の錯覚を生み出すのだ。

もちろん、麻雀の強さでも、絶妙なタイミングのつっこみでも、しゃれたジョークでも、住んでるマンションでも、学歴でも、経歴でも、あなたの想像もしなかったような、実にさまざまなものが思考の錯覚を作り出す。

ここで重要なのは、「人々が自分に対して持っている、自分に都合のいい思考の錯覚」は、一種の資産として機能するということだ。

本書では、これを「錯覚資産」と呼ぶ。

また、もう1つのポイントは、
「全体的に優秀」は、「思考の錯覚」の、ほんの一例に過ぎず、
さまざまな種類の思考の錯覚があるということだ。
複数種類の思考の錯覚が掛け算されることで、とんでもない威力の錯覚資産が作り出されるのだ。

さらに重要なのは、錯覚資産は、うまく運用することで、複利で増やしていけるということだ。錯覚資産の運用がうまい人間と下手な人間では、時間とともに、どんどん差が開いていくのだ。

錯覚って、要は、勘違いでしょ?
そんなのを増やしてどうするの?

ポイントは、これは人間の利害を左右する勘違いだということだ。
「自分の得になるような、他人の勘違い」(=錯覚資産)は、生涯賃金に換算して、何千万円、何億円ものお金を生む。

それって、ただの詐欺じゃん。
人を騙してまで生涯賃金を増やしたいとは思わないな。

いや、むしろ、あなたのような人こそ、思考の錯覚を理解したほうがいい。

なんで?

理由は、4つある。

第一に、詐欺に引っかからないようにするには、詐欺の手口を知っておく必要があるからだ。

錯覚資産を使って人を騙す人は、たくさんいる。

錯覚資産を使えば、
自分が有能な人間であるかのように見せかけて、
昇進したり、転職に成功したり、年収を上げたりすることができる。
ブログにアクセスを集めて、アフィリエイトで稼ぐこともできる。
ツイッターでフォロワーを大量に増やすこともできる。
顧客にものを買わせることもできる。
起業して、投資家から出資金を集めることも、優秀な人材を集めることもできる。

しかし、カモにされる側にとっては、たまったものではない。

たいして有能じゃない人間を、騙されて採用してしまったり、
たいして有能じゃない起業家に、騙されて投資してしまうことになる。

だから、彼らのカモにされないように、彼らの手口を知っておく必要があるのだ。



第二に、自分の周囲の人たちを、詐欺から守るためだ。

会社の経営者や管理職が、錯覚資産に騙されて、無能な人を昇進させていると、職場がどんどん非効率になり、労働環境が悪化し、働きにくくなる。
サービスの質も低くなるから、お客さんにも、いい迷惑だ。
利益が出なくなるから、経営者も、株主も不幸になる。

だから、彼らが錯覚資産に騙されて道を誤りそうになったとき、少しでもマシなほうに軌道修正させるために、錯覚資産の性質を、よく理解しておく必要があるのだ。



第三に、誰に騙されたわけでもないのに、知らず知らずのうちに、有害な思考の錯覚に陥ってしまうことがあるからだ。

これは一種の病気のようなもので、この思考の錯覚に思考を汚染されると、誤った判断を繰り返し、どんどん人生が悪くなっていく。

なぜなら、有害な思考の錯覚に思考を蝕まれていても、本人は、それを自覚できないからだ。



第四に、錯覚資産がないと、実力をなかなか伸ばせないからだ。

「実力」というのは、よい上司、よい同僚、よい部下、よいポジションという、よい「環境」に恵まれてはじめて、効率よく伸びていく。

そういうよい環境を手に入れられるかどうかは、実力よりもむしろ、錯覚資産によるところが大きいのだ。

なぜなら、企業は、実力のある人間を採用し、いいポジションにつけているつもりになっているが、実際には、ほとんどの場合、錯覚資産の大きい人間を採用し、いいポジションにつけているからだ。

「実力がある」から、よいポジションを手に入れられるのではなく、「実力があると周囲が錯覚する」から、よいポジションを手に入れられているという部分が大きいのだ。

これが意味するところは、あなたが思っている以上に、重大だ。

たとえば、ここに、次の2人の人がいたとする。

・【実力タイプ】本当に実力がある人。
・【錯覚力タイプ】実力はないが、実力があるように見せかける能力のある人。

会社は、実力タイプよりも、錯覚力タイプのほうが有能だと認識するので、錯覚力タイプは、実力タイプよりも、よりよいポジションや成長のチャンスを手に入れられる。



錯覚力タイプは、エリートコースに乗り、いい先輩の丁寧な指導を受け、重要な仕事を任され、みんなに助けられ、実力アップの機会に恵まれる。

実力タイプは、数年後に廃棄が決まっている老朽化したシステムのお守りや雑用ばかりさせられ、ろくな経験を積めず、実力が伸び悩む。



結果として、数年後には、実力においても、錯覚力タイプが、実力タイプを追い抜いているのだ。



こうなると、錯覚力タイプは、さらにもっとよい成長機会を与えられることになる。



この繰り返しで、錯覚力タイプと実力タイプの差は、残酷なほど開いていく。



つまり、
「錯覚資産によってよい環境が手に入り、よい環境によって実力が育ち、実力があるからそれが成果を生み、その成果を利用してさらに錯覚資産を手に入れる」というループが回ることで、錯覚資産と実力が雪だるま式に増えていくという構造があるのだ。



結局、これは、どういう本なの?

第一に、これは、「実力主義」の欺瞞(ぎまん)を暴く本だ。

年功序列が崩壊し、男女平等が実現し、インターネットによって、誰にでも平等にチャンスが与えられるようになり、誰もが、本当の価値、本当の実力で評価される世の中になってきている。

そんなことを言う人たちが、どんどん増えてきている。

それが本当なら、まったくけっこうなことだ。

しかし、現実は異なる。

自分よりも実力のない人たちが、自分よりも評価されているなんてことは、いくらでもあるのだ。

おかしいじゃないか。
世の中、実力主義のはずじゃなかったのか?

なぜ、自分よりも実力のない奴らが、自分よりも評価されてしまうんだ?

本書は、それを明らかにする本なのだ。



第二に、本書は、成功法の本だ。

ただし、そこで語られるのは、
「世の中、実力主義になんてなってない」という身も蓋もない現実を踏まえたうえでの、リアルな成功法だ。

具体的には、思考の錯覚を理解し、錯覚資産の生成・操作・運用方法を理解し、有害な思考の錯覚を取り除くことで、仕事や人生においての成功確率を、飛躍的に上げる方法を書いた本だ。

そういうあんたは誰なの?
どこの馬の骨とも知れない奴がそんなことを言っても、説得力ないよ。

やっぱり、そう言われちゃうよね。
錯覚資産を持たない人間には、発言の機会さえ与えられないのが、世の中というものなんだ。

筆者は、複数の企業を創業した経験がある。そのうち1社は上場した。
それなりに有名な本の監訳、翻訳、執筆をしたし、海外講演もした。
それは、私の実名を知る本書の編集者が保証してくれる。

今まで書いたブログ記事の累計読者数も、少なくとも数百万人にはなる。

もちろん、いわゆる「成功者」の知り合いも、普通の人よりは、はるかに多い。
資産が数億円、数十億円になった元同僚もけっこういる。
彼らとは、のべ千時間以上、同じ経営会議・人事評価会議・戦略会議・役員合宿・役員飲み会などに出席して、さまざまな議論を重ねてきた。
彼らの情熱と向上心、行動力、抜群のマーケット感覚、洞察力も、肌感覚でわかっている。
それと同時に、彼らがどういう種類の偏見や思いこみを持ち、どういう種類の間違いを犯しがちかも、身に染みてよくわかっている。

本書を執筆するうえで、これらのことは、重要な意味を持つ。
なぜそうなのかは、本書を読めば、わかる。

なんで、この本を書こうと思ったんだ?

大学での専攻が、心理学だったんだ。そこで思考の錯覚の面白さを知ってね。
卒業後も、仕事をしながら、心理学の勉強を続けていたんだ。
日々の仕事の現場で、あまりにも思考の錯覚に基づいて意思決定する人が多いので、いつか、こういう本を書いてやろうと思っていたのさ。

なんで、ペンネームで本を書いているの?

実名で書くと、どんなに正直に書いているつもりでも、
無意識のうちに体面や人間関係に配慮してしまって、
ウソをついている自覚なしに、文章の中にたくさんのウソが混じるからだ。

ウソつきだからウソを書くのではなく、実名に絡みついている関係性がウソをつかせるのだ。

私は、人間関係に縛られず、「本当のこと」を書きたかった。
立場上、書けないことも、誠実に書きたかった。

だから匿名で書いたのだ。




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